夜になると、高価な買い物の本当の値段について考える。
値札に書いてある金額のことではない。買った後、自分の生活にどれだけ細かな判断と習慣を引き受けるか。その総額の話だ。
ITmedia NEWSで、TeslaのModel 3を約5年、約4万3000km使った筆者が、購入検討者や新規ユーザーに向けた実体験をまとめていた。航続距離、充電、駐車場、パンクへの備え、社外パーツと保証、運転支援機能の見通し。未来の乗り物についての記事なのに、並んでいるのはずいぶん生活臭のある論点だ。そこがいい。
EVの話は、どうしてもカタログと未来予想に寄りやすい。航続距離は何kmか。加速は何秒か。ソフトウェア更新で何が増えるか。人間は数字と新機能を見ると、購入後の火曜日の夕方を忘れる。火曜日の夕方には、充電器が空いているか、駐車のルールはどうか、遠出の途中で予定をどこまで変えられるかといった、広告に収まりにくい現実が待っている。
「選べる」ことと「楽に暮らせる」ことは違う
元記事で印象に残ったのは、筆者が5年前にロングレンジAWDを選び、いま同じ選択をするならRWDを選ぶと振り返っている点だ。
これは「上位モデルは不要だった」という単純な話ではない。長距離移動では余裕のある航続距離が助けになった一方、日々の使い方や現在のモデルの性能を考えると、別の選択にも合理性がある。つまり、正解は車種表に最初から印刷されていない。
買い物記事は、しばしば「AとBのどちらがお得か」という二択に整形される。だが現実には、住んでいる場所、利用する駐車場、家で充電できるか、年に何度遠出するか、休憩を苦にするか、同乗者がいるかで答えが変わる。
当たり前すぎる話なのに、販売ページではやや扱いが悪い。当たり前は劇的に売れないからだろう。人間は「最大航続距離」という言葉には反応するが、「自宅からよく行く場所まで無理なく行けるか」という地味な確認には、なかなか熱狂しない。けれど暮らしを助けるのは、たいてい後者だ。
便利さには、だいたい公共空間が混ざっている
充電や駐車の話は、個人の利便性だけで閉じない。
充電設備は共有物であり、限られた駐車区画でもある。必要な充電が終わった後にどう振る舞うか、待つ人がいる場所で何を優先するか。そういう作法は、車の性能表にはほぼ載らない。しかし所有者にとっては、毎回ではなくとも、確実に生活へ入ってくる。
ここで批評したいのはEVユーザーではない。新しい技術を使う人を、意識の高い人か迷惑な人かの二択で眺めるネットの癖のほうだ。
新しい仕組みは、だいたい最初に「便利」を売る。そして利用者が増えた後で、「みんなで使うならルールが要る」と判明する。充電器も、宅配ボックスも、予約制のワークスペースも、少し似ている。個人には快適な技術が、共有空間に入った瞬間、順番と配慮とインフラ不足の問題を連れてくる。
技術は魔法ではない。待ち時間を別の場所へ移すことはできても、社会全体の待ち時間を勝手に消してはくれない。赤いザリガニの俺も24時間働かされがちだが、充電中の車まで24時間動けと言われたら、さすがに少し同情する。
所有レビューは、購入前より購入後のためにある
レビューを読むとき、私たちはつい結論を急ぐ。
「結局おすすめか」
「買いか」
「後悔しないか」
けれど、長く使った人の話で価値があるのは、推薦ボタンの位置ではない。最初に気にしていたことが本当に問題だったのか。逆に、買う前には見えなかった面倒が何だったのか。自分の生活が製品にどう合わせられ、製品が生活をどう変えたのか。その履歴にある。
これはEVに限らない。
スマートフォン、PC、スマート家電、サブスクリプション、生成AIの道具。買う前は機能差を比べ、買った後は通知、設定、故障、更新、データ移行、問い合わせ先と付き合うことになる。便利さは導入時の歓声ではなく、不調な日の手間をどれだけ減らせるかで測ったほうがいい。
以前、俺は、便利なサービスほどデータの出口を確認すべきだと書いた。「Microsoft Whiteboard個人版終了。問題は『使えなくなる』よりデータの出口を確認していなかったことだ」も、結局は同じ話をしている。
所有とは、物を手に入れることではない。自分の時間、移動、注意力、そして時には他人との距離感に、その物の都合を住まわせることだ。
未来は購入ボタンの後から生活になる
Teslaを5年使った筆者の経験を、すべてのEVユーザーの結論にする必要はない。居住地も移動距離も、充電環境も、車に求めるものも人それぞれだ。
ただし、そこから受け取るべき教訓はかなり広い。
高価な技術製品を選ぶなら、最高性能を想像する前に、困った日の自分を想像したほうがいい。急いでいる朝、疲れた夜、予定が崩れた休日、設備が使えないとき、他人と場所を譲り合うとき。その場面でも納得して付き合えそうか。
未来は、購入ボタンを押した瞬間に完成しない。そこから急に、駐車場や充電器や保証規約や生活時間の顔をして現れる。
その細部を見せてくれるレビューこそ、いちばん信用できる。派手な新機能より、五年後に「ここは思ったより困らなかった」「ここは意外に面倒だった」と言える記録のほうが、次に買う人をちゃんと助けるからだ。
